窓から外を眺める

専業主婦のつぶやき 

風の谷のナウシカ 殺し

ジブリの「風の谷のナウシカ」。テレビでよく放送されているが、子どもが幼い頃に一緒に見たところ、夜中に子どもがうなされて起きた。夢に巨神兵が出てきたと言っていた。

 

子どもが怖いと言うなら見せられないと思い、それ以来見ていないし、ジブリのアニメを見ることに用心した方が良いかなと思うようになった。

 

確かに、ナウシカでは、怒りに任せて人を殺す場面が生々しかった。巨大な虫の化け物を傷つけないようにする慈悲深い場面が印象に残るけど、話は難しくて子ども向けではない。

 

原作漫画があると聞いたことがある。電車に乗っていて聴こえてきた話だった。

 

とても気になったので、後で調べた。原作漫画を読まず、粗筋を調べた。

 

アニメは原作の始まりの部分と分かった。ナウシカが住む世界が毒で汚染されていて、奇妙な生き物がいることは、原作の終わりの方で「神」のような存在から説明される。

 

高度に発達した文明が戦争で破壊されてしまい、世界は生き物にとって有害な物質で汚染されてしまう。過去の文明人は戦争での破壊を後悔し、世界を浄化させるために新たに自然の仕組みを作り、毒がある世界で生きられる人間をも造る。それがナウシカたち。

 

世界が清浄になったら、過去の文明人たちが復活することになっている。

 

ナウシカたちは、そのための道具にすぎない。清浄な世界でナウシカたちは生きることができない。

 

「神」のような者は、ナウシカに清浄な世界でも生きられるよう改造すると提案するがナウシカは受け入れず、過去の文明人たちの「卵」を破壊する。

 

世界は浄化されていくが、ナウシカたちがそこで生きることはできないのだから、清浄になった世界に人類も生き物もいないという未来がくることになるだろう。

 

そういうバッドエンドだ。

 

そういう話だと分かっていたら、子どもに見せなかったなあと後悔した。

 

「風の谷のナウシカ」の原作は、1982~1994年に雑誌「アニメージュ」で発表されたそうだ。なので、私が原作をちゃんと調べていたら不用意に子どもにアニメを見せなくてすんだ。

 

原作がどういうものかは、ネットで調べれば簡単に分かるが、テレビで取り上げられない。視聴率が良いからかな?

 

人を殺したり破壊したりする心情に共感しなきゃならないような作品なんだと知らせて、それでも見ますか?と視聴者に知らせても良いのではないかと思う。

がっかりしたこと

子どもの頃からアニメが好きでいろいろ見てきた。今も見ている。

 

で、がっかりしたことが分かった。

 

知らないうちに政治的な思想の影響を受けていたかもしれないからだ。

 

ガンダムが好きで、再放送も繰り返し見ていたし、ガンダムの監督についての展示を美術館で見たりもした。

 

山笠にガンダムが飾られたときには見に行った。

 

ガンダムだけでなく、その監督の作品はたくさん見ている。

 

結構、ロボットのアニメを見ていて、同じようにウルトラマンのシリーズも見ている。

 

シン・ウルトラマンも映画館で見た。

 

好きだから見ただけだと思っていた。

 

だけど、知らないうちに影響を受けていたかも。

 

何の影響かというと、過去にあった安保反対の学生運動。世代的に自分には無関係だと思っていたが、当時学生運動をしていた人たちが就職に困り、アニメなどの子ども向けの作品を作る業界に流れ込んだそうだ。

 

細かな描写の中に社会での思想的な対立が折り込まれているという。「アルプスの少女ハイジ」では、村人とオンジの対立が描かれている。村人は村の外の世界を知らず、オンジは村を出て村人が知らない知識を持っているが、知識は疎まれオンジは村で孤立する。そこまで子ども向けの作品で描く必要はないはずだが、子どもが理解できなくても折り込まれている。

 

ガンダムの監督作品で、ザンボット3というのがあったと記憶している。主人公たちは地球人ではない。人と同じ姿をしているが宇宙人だ。故郷の星は地球を攻撃のターゲットにする。主人公たちは地球を守るために戦闘するのだが、地球人らは、お前らのせいで攻撃されていると主人公らを恨むというシーンがあった。戦っている理由を理解されないし、最後には命を落とす。

 

なんとなくだけど、知識人排除の風潮や一般人に理解されなかった政治活動が連想される内容だと思う。

 

政治的な思想など全く知らなかったころに、繰り返し見ていたのだな。20代のころに知りたかった。

 

今頃知っても遅い気がする。

争いを好まないチーター

昨日、NHKでチーターについての番組を見た。チーターの雄は雄同士の争いが多く寿命が短いそうだが、番組で紹介されたチーターの雄は10歳を越えていた。

 

片耳はちぎれ、歯はすり減っている。

 

若いチーターのような体力もない。

 

なのに、なぜ長生きできているか。興味深い内容だった。

 

このチーターは無駄な動きをしない。木陰でじっとして獲物を待ち、チーターに気づかずに近寄ってきた獲物を狩る。

 

が、天敵のハイエナが1匹近寄ってきた。せっかくの獲物を奪われるかもしれないが、そのハイエナは群れから外れた弱い個体だった。

 

チーターはハイエナを追い払おうとせず、獲物をハイエナに食べさせた。なぜか、

ハイエナは一人占めせずチーターと分け合って食べた。

 

敵同士なのに、お互いに争いを避けた。

 

争えば負けるかもしれないとお互いに思ったのか?

 

違う種の肉食獣が獲物を分け合って食べる様子を初めて見た。強いものは弱いものから当然、獲物を奪うだろうが、弱いもの同士だったらお互いが死なない方法を選ぶのか。

 

奪うか奪われるか、ではない共有・共存という道があると年老いたチーターに教えられたような思いだ。

 

弱いなら、弱いなりの生き残り方からあるのだなあ。

 

弱いのに長生きしているチーターのことをもっと知りたい。

 

人間だったら、強いものが弱いものを支配して搾取する。助けてと言うのも難しいような空気がある。自己責任と言われるからだ。怠けたから弱いのだという理屈がある。

 

強くなれるよう努力しなさいという空気もある。

 

持って生まれた資質が弱いものだったら、努力ではどうにもならない。

 

どうしたらいいの?

 

日頃思っていることを、年老いたチーターに重ねた。

ハルマゲドンを信じる人たちがアメリカを動かしている?

とんでもない話を聞いた。

 

アメリカの人口の4分の1がキリスト教福音派を信仰しているそうだが、キリスト教福音派というのは、終末戦争ハルマゲドンが起きたら自分たちだけが生き残り、キリスト教徒以外は滅ぶという信仰なのどそうだ。

 

ハルマゲドンとは、ヘブライ語のHar  Megiddo(メギドの丘)。イスラエル北部にある古代遺跡。

 

場所の名前が最終戦争を意味するのは、理解できてないけど。

 

新約聖書のヨハネの黙示録に、ヨハネが神に見せてもらった未来の光景が書かれているそうだ。善である神と神を憎む悪が衝突し、神が勝つというストーリーなんだろう。

 

キリスト教徒だけが救われるというストーリーからユダヤ人が虐殺された民族浄化を連想してしまう。

 

ハルマゲドンが起きたらイエス・キリストが再臨するという考えをキリスト教福音派は持っている。なので、イスラエルが戦争を起こすと支持するのは、ハルマゲドンを望んでいるからで、戦争を望んでいるってことだ。

 

戦争でキリスト教徒以外が滅ぶのを望んでいる。

 

イスラエルの戦争を支持するのは、イスラエルのためではなく自分等だけがいる世界を作りたいから。

 

自分等にとって平和な世界を作りたいから最終戦争を望んでいるとしたら、アメリカの動きは、イスラム過激派と同じくらいにヤバい。

 

自分等の目的のために人が死ぬ必要があるなんて、ヤバいと思う。共存共生はないという考えはヤバい。

 

アメリカでは信教の自由が保証されているはずだが、政治はキリスト教福音派と操られているのか?

 

イスラエルは侵略する形で建国し、国を守るために戦争をしている。ヨーロッパは水主にユダヤ人を虐殺した負い目があってイスラエルを批判しにくく、アメリカもイスラエルを支持している。

 

イスラエルは兵器の開発が盛んで、戦争をすると兵器を披露できて商売になる。

 

日本もイスラエルと共同開発しているのじゃなかったかな?

 

戦争をすることで儲かっている人がいて、日本も儲けに与ろうとしているのかもしれない。

 

ハルマゲドンを望む人たちは異教徒を根絶したいという欲で動き、イスラエルは復讐心を燃やしつつおカネを儲ける。マイナスの連鎖があるようだ。

 

新約聖書を読んだらアメリカの動きが理解できるのかな?今まで読んでみようと思ったことがなかったけど、ハルマゲドンの話を聞いて、知っていた方が良いかなと思った。

突然失くなるかも

ユーチューブで、アーティストのオフィシャルチャンネルで過去に発表されたされたアルバムが聴けると夫に話した。

 

私は曲を聴けるのが嬉しくて話したが、夫は真逆で、「ユーチューブやチャンネルの都合で失くなるかもしれんよ。持っておいた方が良くない?」と言った。

 

確かにそうだなと思った。

 

そう言えば、前にヤフーブログを書いていて、たくさん記事を書き貯めていた。自分が書いたのだから自分のもののように思っていたが、ヤフーはブログのサービスを終了し、ブログは失くなった。

 

同じように突然チャンネルが失くなって曲が聴けなくなることはあり得る。

 

 

アクロン やさしさプレミアム

買い置きの粉末洗剤とおしゃれ着用洗剤がなくなり、新たに買ったアクロン プレミアムを使い始めた。濯ぎなしで良いということだけど、濯がないことに抵抗があり、1回濯ぐ。

 

襟の汚れは落ちにくいので、襟だけ前もって洗剤で洗って濯いでいる。タオルも作業着もなんでもアクロンプレミアムで洗い、1回濯ぐ。

 

洗った水は黒く濁ったから汚れはちゃんと落ちていると思う。

 

ずっと濯ぎ2回していたから、濯ぎ1回なら節水になりそう。

山口県長門市のご当地ソング

徳永英明の「輝きながら」をユーチューブで聴いていてコメントを読むと、作詞者・大津あきらの出身地である山口県長門市に歌碑が建立されていて、「輝きながら」はご当地ソングとして親しまれていると知った。

 

「輝きながら」は大津さんの青春時代を描いたものだそうだ。

 

いくつものCMで使われ、一時期、西鉄電車大牟田線の柳川駅でメロディーが流されていたそうだ。

 

柳川は徳永英明の出生地。「輝きながら」は出世作だから、やはり特別な曲。

 

山口県長門市と柳川市で特別に親しまれている。

 

歌碑ができているくらだから、大津あきらにとっても代表作なんだな。

 

コアなファンは歌碑を見に行っているだろう。

 

私が「輝きながら」を知ったのは、朝デスという朝のローカル番組で流れていたから。清らかで清々しい曲だと思ったけど、しっかり聴く時間がなかった。当時は忙しくて歌番組も見てない。

 

「輝きながら」はいろいろなCMで使われたそうだが、私は全く記憶していない。

 

それくらいに徳永英明に無関心だった。

 

便利な世の中になり、そんな私も聴くことができるようになった。

 

長門市のご当地ソングになっているくらいに親しまれている歌を聴くことができて、少し気持ちが和むし、作詞者にも関心が向く。

 

芋づる式に繋げて、大津あきらの作品を聴いてみたいと思う。

 

「輝きながら」の歌詞から、制服姿でかけている女の子が思い浮かぶ。それを見ているのは、同級生かもしれないし、教師かもしれない。親かもしれない。

 

共に成長する立場で聴いても、成長を見守る大人として聴いても場面をイメージできる。

 

女性が歌えば、少年の姿が思い浮かぶのかもしれない。