数年前、丁寧な暮らしを紹介しているユーチューブチャンネルで、濯ぎのいらない洗剤があると知った。濯がないことに抵抗を感じた。
ニュージーランドの食器洗いを紹介する動画も探して見たことがある。濯がず泡がついたままの食器を水切りかごに立てかけて食器洗いは完了とされていた。やはり濯がないことに抵抗を感じた。
この抵抗感はどこから来ているかというと、中学の家庭科の授業から。当時の先生が、食器用洗剤ママレモンの害を力説し、濯ぎの大切さを熱く語ったという記憶がある。
そして、高校では家庭科の先生から家庭クラブに誘われ、食器用洗剤についての研究をして発表会に出た。研究テーマは先生が決めた。この研究活動で合成洗剤が環境に悪いと知った。なので、環境に優しい洗剤を使いたいと思うようになった。
しかし、生活の忙しさから汚れ落ちの良い合成洗剤を使うようになった。ただ、入念に濯ぎたいという思いは残っていて、水をたくさん使ってしまっている。
全くエコではない。
同じように洗顔や入浴、シャンプーでも濯ぎを入念にする癖がある。石鹸やシャンプーが肌に残ると良くないという思いがある。
最近、入浴せずに頭だけを洗う日を増やした。入浴回数を減らしても気持ちよく過ごせるかどうかのチャレンジをしている。
洗面器にお湯を張って頭を洗っていると、浴室でシャワーを浴びるような入念な濯ぎはできない。3回お湯を替えて濯ぐだけだ。お湯で薄めたシャンプーで頭皮を洗い、濯ぐ前にタオルで髪と頭皮を拭く。すると、濯ぎが楽になる。3回の濯ぎでも良いと感じられる。頭皮に異常もない。
このチャレンジで、少ない水でシャンプーできる自信がついた。
そうこうしているうちに、ネットでは濯ぎ不要の洗剤を目にすることが増えてきた。アウトドア用の食器を拭き取るだけの洗剤も見た。
濯がないことへの抵抗感はある。でも、貴重な水を節約するためなら、濯がなくてすむ食器洗いや洗濯も有りかなと思うようになった。
最近、水不足のため水道は減圧されている。水の出方が緩い。このまま水不足が続いたら夜間断水になるそうだ。使える水は無限ではない、たいへん貴重なんだと感じる。だけども、じゃぶじゃぶ使う習慣から抜けきれていない。