徳永英明のカバー曲「人形の家」で、元祖の弘田三枝子を知った。凄い声量でパンチのある歌声に驚いた。
なぜ知らなかったんだろうと不思議に思う。
弘田三枝子について検索した。
ラジオを聴いて音楽に関心を持ち、8歳からジャズを習いに行った。アメリカ兵の前で歌い、芸能界にデビュー。
18歳頃の姿をユーチューブで見つけた。素朴な外見ながら、ハツラツとパンチある声でアメリカのポップスを歌っていた。
15歳から紅白歌合戦に出演していたそうで、レギュラー番組を週に10本持っていたほどの忙しさだったそうだ。
しかし、ビートルズの登場から弘田三枝子がカバーしていたアメリカンポップスに翳りが見えはじめ、日本の歌謡でグループサウンズが流行った。弘田三枝子は居場所を失っていった。
弘田三枝子は「人形の家」で復活。その時の彼女はダイエットで18キロ痩せ、整形で別人のような美しい顔になっていた。
出版したダイエット本は、芸能人最初のダイエット本だそうだ。
しかし、紅白歌合戦に落選しテレビ出演は減り、人々は弘田三枝子を忘れていった。
彼女はアメリカへ行き、ジャズを続け、結婚もして出産もした。
日本に帰ってからも小さなステージでジャズを歌い続けた。芸能活動60周年を楽しみにしていたが心不全で73歳で亡くなった。
晩年に発表した歌にピアノバージョンの「人形の家」があると分かり、ユーチューブで探して聴いてみた。
若い頃のようなパンチある声ではなかった。低くかすれた声。しかし、私は感動して泣いてしまった。
何に感動したかは分からない。
ただ、弘田三枝子の歌を晩年まで聴き続けた人なら、徳永英明のカバーに納得すると思った。
いろいろな人が「人形の家」をカバーしているが、パンチのある歌声が多い。若い頃の弘田三枝子がイメージされる声だ。徳永英明のカバーは彼女の晩年の声と重なる。