ネット掲示板に徳永英明のアンチコメントがある。その中で気になったのは、「歌詞が幼稚」というもの。
私は歌詞のシンプルさが好きだ。が、批判者は幼稚と言う。
白いものを黒と言われているようなショックを感じた。
私は徳永英明の歌のシンプルさが気に入っている。情景を思い浮かべやすい。
「砂漠」という歌があるんだけど、生きれば生きるほどに苦しくて、やればやるほどに苦しいという砂漠で喉が渇いているような苦しみを表す歌詞が続き、最後に、それでも希望のある夢を見たと締めくくっている。
「砂漠」という歌は、私の持病であるうつ病と重ねて共感した。うつ病は治った気がしないし、病前の元気さには戻らない。無理がきかなくなっている。体は疲れやすい。抗うつ薬を飲まない状態にまで回復しているのに、ちょっと無理が重なってドスンと気分が沈んで、「迷惑をかけないような死にかたをしたい」と思ったりする。
家族に心配をかけたくなくて思い直す。
それを繰り返していて、治らないんだなと絶望するが、家事に集中したり縫い物をしたり、ピアノの練習に夢中になっているときに病気の苦しみを忘れる。特にピアノの上達は嬉しくて、ピアノの発表会は怖くもあり楽しみでもある。
毎日、子どものことを思う。子どもについては心配事ばかりでなく、会話したり会ったりできるのが楽しみだ。
治らない病気のせいで家族に負担をかけているけど、それでも子どもに伝えられることがある。こういうの、砂漠でみる希望のある夢なのかも・・と思う。
徳永英明の歌詞が技巧的でないから、自分を重ねてイメージしやすいんだと思う。
子どもの頃に歌った「手のひらを太陽に」のようなシンプルさが好きだ。
アンチコメントを読むと腹が立つけど、好きな理由を思い浮かべて頭の中で反論する。
相手にコメントすることはないけど。