先週末から、アニメ「葬送のフリーレン」を第1話から見た。前々から話題になっていたから気になっていた。
放送されているのを見て、さっぱり内容が分からずついて行けなかった。途中を切り取っても意味が分からない。
最初から見ると、主人公に共感しながら見ることができた。
主人公フリーレンは、見た目は少女だが1000年以上生きてきたエルフ。人間と違い寿命が長く、人間の寿命はエルフにとって虫のように短く、時間感覚が人間とは違う。なので、10年一緒に冒険してきたことを「たった10年」と認識していて、今のこの時を大事にしようという気持ちが薄い。時間を大切にしようとしないという短所がある。そして、人の気持ちに鈍感。
しかし、ともに冒険してきた仲間ヒンメルが、冒険後に再会したときには老人になっていて、亡くなってしまい、彼のことを何も分かっていなかったと後悔する。
もっと人間を知ろうと気持ちを改め、物語が始まる。
後悔から始まるところが良いと思った。
フリーレンは神話の時代から生きてきて、魔術師として優れているのだが、人としては未熟で、朝一人で起きられず弟子に身の回りの世話をしてもらっている。子どものようだ。
亡くなったヒンメルや仲間との交流を振り返るシーンが多く、「ヒンメルならこうする」と行動の指針にする。
このアニメには、後悔する人が多く登場する。印象に残っているのが、無気力なエルフ。精魂込めて作った酒が不味い出来だったのにがっかりして、無気力になっていた。
一生をかけて取り組んできたことが無意味だったという経験はあまり聞かないけど、価値観がひっくり返った戦前と戦後とでは、価値の高かったことが無価値になることはあっただろう。
今も、一生懸命取り組んだことが無意味になりそうで、どうなるかと不安になる。
ユーチューブで動画を見ていると、時々、aiで作った歌が流れることがある。絵や動画もaiで作れるし、文章も作れる。
苦労して創作したものより、aiで作った方が良いという世の中になったら、無気力になる人は多くなるかもしれない。
人に相談しないで、aiに話す人が増えているそうだ。「この人に聴いてもらいたい」「この人だったら、何と言うだろう」というような、生身の会話が無価値なものになるとしたら、とても寂しい。
頑張って頑張って医学部に入ってから、医師に向いてないと分かったとしたら、どんな気持ちで進路変更するんだろう。
頑張って憧れの仕事に就いたのに向いてないと思ったら、どうしたら良いのだろう。
「葬送のフリーレン」に登場したエルフのように、やりたいことに取り組めなくなって無気力になってしまう?
別の目標に設定し直して心機一転して進む?
私は、すごく楽しんでいるときに、「それをやっていて役に立つのか?」「それをして、どうなる?」といった否定的な言葉が脳裏によぎり、楽しい気持ちが一瞬で萎んで気分が落ちることがある。
こういう厳しい自己否定が自分の行動を抑制し、自分で自分を楽しめなくしてしまう。
昼寝をすると、怠けるなという厳しい母親の叱責が思い浮かぶ。
心の中に、自分を否定する人が入っているみたいだ。自分が母親を取り込んでいて、母親ならこう言うだろうと怯えてしまう。
「葬送のフリーレン」の「ヒンメルならこうする」というのと真逆のことが、私の脳内で起きている。
ヒンメルを思い出して行動の指針にするフリーレンの様子は、私が欲しかった愛情が表現されたものだろう。
「葬送のフリーレン」を見ると、愛情について考えさせられる。