窓から外を眺める

専業主婦のつぶやき 

施設がカードを持っていた

夫の弟は知的障害があり施設に入所した。入所の際、弟の名義で新規で通帳をつくり、障害年金の振込先にした。この手続きを施設がしてくれ助かったと思った。通帳と印鑑を夫が受け取った。月々の施設使用料は通帳から引き落とされ、その金額は障害年金より少ないので、通帳の残高は少しずつ増えた。

 

さらに、保険の解約金50万円が入り、安心できる額になってきた。

 

また、入所時に消耗品等を買うために現金10万円を預けた。毎月、何にいくら使い残金がいくらあるか書面で報告を受けていた。

 

こちらは、少しずつ減っていき残金が2万円くらいになった。

 

お金を補充するため、夫はATMで弟の通帳からお金を引き出そうとしたが操作不能だった。通帳をよく見ると「カードのみ」という記載があった。ATMでの引き出しはカードのみ。印鑑を押して窓口でお金を下ろした。

 

施設にお金を持っていき、「カードはそちらにありますか?」と尋ねると、カードと暗証番号が載った書類を渡された。

 

こちらから言わなければガードと暗証番号の書類は施設が持ったままだったろう。

 

悪い方に考えると、弟のお金を施設が使える状態だったと言える。通帳をチェックして不審なお金の動きはなかったと分かっているが、夫と私がうっかりしていたり、認知症などで管理できなくなったり、また死んだりしたら、弟のお金が施設に使われたとしても気づくことができないし、施設ではなく悪意ある誰かが懐に入れたとしても気づけない。

 

今回、カードを返してもらえて安心したが、腑に落ちない。

 

なぜ施設は弟のカードと暗証番号の書面を持ったままにしていたのか?

 

 

徳永英明へのアンチコメントを読んで

ネット掲示板に徳永英明のアンチコメントがある。その中で気になったのは、「歌詞が幼稚」というもの。

 

私は歌詞のシンプルさが好きだ。が、批判者は幼稚と言う。

 

白いものを黒と言われているようなショックを感じた。

 

私は徳永英明の歌のシンプルさが気に入っている。情景を思い浮かべやすい。

 

「砂漠」という歌があるんだけど、生きれば生きるほどに苦しくて、やればやるほどに苦しいという砂漠で喉が渇いているような苦しみを表す歌詞が続き、最後に、それでも希望のある夢を見たと締めくくっている。

 

「砂漠」という歌は、私の持病であるうつ病と重ねて共感した。うつ病は治った気がしないし、病前の元気さには戻らない。無理がきかなくなっている。体は疲れやすい。抗うつ薬を飲まない状態にまで回復しているのに、ちょっと無理が重なってドスンと気分が沈んで、「迷惑をかけないような死にかたをしたい」と思ったりする。

 

家族に心配をかけたくなくて思い直す。

 

それを繰り返していて、治らないんだなと絶望するが、家事に集中したり縫い物をしたり、ピアノの練習に夢中になっているときに病気の苦しみを忘れる。特にピアノの上達は嬉しくて、ピアノの発表会は怖くもあり楽しみでもある。

 

毎日、子どものことを思う。子どもについては心配事ばかりでなく、会話したり会ったりできるのが楽しみだ。

 

治らない病気のせいで家族に負担をかけているけど、それでも子どもに伝えられることがある。こういうの、砂漠でみる希望のある夢なのかも・・と思う。

 

徳永英明の歌詞が技巧的でないから、自分を重ねてイメージしやすいんだと思う。

 

子どもの頃に歌った「手のひらを太陽に」のようなシンプルさが好きだ。

 

アンチコメントを読むと腹が立つけど、好きな理由を思い浮かべて頭の中で反論する。

 

相手にコメントすることはないけど。

弘田三枝子

徳永英明のカバー曲「人形の家」で、元祖の弘田三枝子を知った。凄い声量でパンチのある歌声に驚いた。

 

なぜ知らなかったんだろうと不思議に思う。

 

弘田三枝子について検索した。

 

ラジオを聴いて音楽に関心を持ち、8歳からジャズを習いに行った。アメリカ兵の前で歌い、芸能界にデビュー。

 

18歳頃の姿をユーチューブで見つけた。素朴な外見ながら、ハツラツとパンチある声でアメリカのポップスを歌っていた。

 

15歳から紅白歌合戦に出演していたそうで、レギュラー番組を週に10本持っていたほどの忙しさだったそうだ。

 

しかし、ビートルズの登場から弘田三枝子がカバーしていたアメリカンポップスに翳りが見えはじめ、日本の歌謡でグループサウンズが流行った。弘田三枝子は居場所を失っていった。

 

弘田三枝子は「人形の家」で復活。その時の彼女はダイエットで18キロ痩せ、整形で別人のような美しい顔になっていた。

 

出版したダイエット本は、芸能人最初のダイエット本だそうだ。

 

しかし、紅白歌合戦に落選しテレビ出演は減り、人々は弘田三枝子を忘れていった。

 

彼女はアメリカへ行き、ジャズを続け、結婚もして出産もした。

 

日本に帰ってからも小さなステージでジャズを歌い続けた。芸能活動60周年を楽しみにしていたが心不全で73歳で亡くなった。

 

晩年に発表した歌にピアノバージョンの「人形の家」があると分かり、ユーチューブで探して聴いてみた。

 

若い頃のようなパンチある声ではなかった。低くかすれた声。しかし、私は感動して泣いてしまった。

 

何に感動したかは分からない。

 

ただ、弘田三枝子の歌を晩年まで聴き続けた人なら、徳永英明のカバーに納得すると思った。

 

いろいろな人が「人形の家」をカバーしているが、パンチのある歌声が多い。若い頃の弘田三枝子がイメージされる声だ。徳永英明のカバーは彼女の晩年の声と重なる。

人形の家

ネット掲示板の徳永英明アンチコメントを読んでいたら、弘田三枝子の「人形の家」についての書き込みがあった。

 

「人形の家」は弘田三枝子のパンチのある声でないと駄目だそうだ。

 

ユーチューブで探して徳永英明と弘田三枝子を聴き比べた。確かに違う歌のように聞こえる。

 

顔も見たくないほどに嫌われて捨てられた女性の絶望を歌っている。命を預けた人に捨てられて、埃にまみれた人形のよう・・というような歌詞。

 

恋愛の歌だとしたら、ずいぶんと重い女だ。怖い。

 

でも、女じゃなくて捨てられた子どもの歌だとしたら納得できる。

 

子どもは親を愛する。なのに、親に置き去りにされて飢え死にした子どもについてのニュースを何度も見聞きした。親が帰って来るのを荒れた家で待っている子どもの気持ちを歌ったものだとしたら納得できる。

 

子どもは親に命を預けた預けているようなものだ。一人では生きていけない。なのに、顔も見たくないほどに親から嫌われて捨てられるという虐待が起きる。

 

弘田三枝子の歌の方が絶望が深い気がする。

 

私は弘田三枝子を知らないので、歌を聴いて驚いた。とても歌が上手い。徳永英明と比べて物足りなさを感じる弘田三枝子ファンの気持ちは分かるような気がした。

徳永英明へのアンチコメントを読んで

徳永英明について検索していると結構アンチコメントが見つかる。

 

カバーばかりしている。

金儲けのためだろう。

○○は●●の歌だから歌わないでほしい。歌が汚される。

 

というアンチコメント。ファンの中にはカバーアルバムを出すことを良く思わない人がいてアンチコメントしている。

 

私のピアノの先生は徳永英明の声が嫌いと言って嫌っていた。

 

嫌う人も多いのかと思ったが、やっぱり65歳になっても現役で歌い続けているのは尊いことだと思った。

 

確かに、カバーされている歌に嫌いなものも含まれていて聴いて腹が立ったりするけど、その歌を好きな人がいて、カバー曲がきっかけでファンになる人もいるのだから、カバー曲を出すのは間違いではない。

 

だって、同じことしかしなかったら新たなファンを獲得できない。ファンだって年をとるから減る一方だ。

 

一部のファンに嫌われたとしても活動を変化させた方が良いに決まっている。

 

私も徳永英明の最近の活動で興味を持った。カバー曲を出していなかったら知らないままだったかもしれない。

 

仕事を定年退職したシルバー世代が健康のためにカラオケで歌う。徳永英明の昔の歌を選曲して歌っているかもしれない。上手に歌いたくてボイストレーニングを受けるかも。歌が上手くなり体の調子も良くなるだろう。

 

カバー曲を聴いて、古い曲が注目されるのも良いことだ。

 

別の歌手のことだけど、ミス オージャ という女性歌手が竹内まりやのプラスチック・ラブをカバーしているのを聴いて、ステキだと思ったことがある。ステキに歌える人が歌い継げば良いと思う。

歌声は好きでも歌詞が嫌

徳永英明のCDを図書館で借りて聴いている。VOCALIST4の1曲目を聴いてみた。

 

で、そこで聴くのを止めた。

 

1曲目はテレサ・テンが歌っていた「時の流れに身をまかせ」。

歌声は好きだけど、歌詞が好きではない。「あなたの色に染められ 一度の人生それさえ 捨てることもかまわない」等の歌詞が好きではない。

 

一方的に染められる?お互い影響し合うでしょ!!

 

恋愛の喜びを歌っているんだろうけど、聴くと腹が立つ。作詞者は男性。女性はそういうものという決めつけがあるのかもしれない。

 

「綺麗になれたそれだけで いのちさえもいらないわ」

 

何それ?

 

命を捨てるとか、何ですか?忠誠心ですか?

 

この歌を聴くと、女性に処女性を求める男性が思い浮かぶ。昔の迷信で、女性が性行為をすると男性の遺伝子が体に残り次の出産に影響すると言う人がいたそうだ。男性から見ると、自分の子どもなのに自分以外に似ている子どもが生まれるという話。

 

そんなバカなと思うが、昔はそう信じられていたそうだ。

 

だからなのか、昔は学校を卒業したら就職せずに早く結婚する人はいた。学生のころ、見合いをしたという先輩の話を聞いて驚いた。

 

嘘でしょ、と内心思った。

 

25歳過ぎて未婚だと「売れ残り」と言われたり、ハイミスという悪口もあった。

 

今の感覚だと信じられないことだ。

 

恋愛経験をしないうちに結婚してしまえという意味もあると思う。

 

「時の流れに身をまかせ」を聴くと、女性は恋愛したらその人に全てをささげるという感じがして、かなり気持ち悪い。

 

恋愛しているその時の気持ちが、一瞬そうなのか?

 

私も恋愛はしたことあるけど、そんなに舞い上がったことはない。

 

 

防衛費増のため所得税に1パーセント付加

予算委員会の中継で、共産党議員の質問の様子を見た。共産党は防衛費を軍事費と言う。言葉の違いが耳に障るが、この質問で防衛費を増やすために増税されると分かった。

 

東北大震災の復興のために所得税が付加されているのと同じように、防衛費増加のために1パーセント付加されるという。

 

初めて聞いて驚いた。

 

このような増税のやり方はキツい。震災からの復興のための増税は納得できた。復興するまでという終わりが見えるからだ。

 

しかし、防衛費はどこまでどれくらいを目処にしているかが見えない。中国の侵攻に備えなければならないだろうし、アメリカからの要求もあるだろう。

 

共産党が言うような軍拡というイメージはないが、2027年1月から増税が始まる。自民党に議席が過半数超えているから覆ることはないだろう。

 

防衛費を増やす目的での増税は初めてだから、丁寧な説明書は必要だと思う。船渠の公約にもなかったことだから、強引な進め方だ。

 

消費税の減税は実現されるかどうか分からない。増税は簡単に決められてしまう。

 

戦前のように国民が生活を犠牲にしなければならないような増税にしてはいけない。

 

私が若い頃までは、「日本人なら」「日本人だから」という言い方を聞かなかった。国旗や国歌を意識しなかった。日教組の「教え子を戦場に送らない」というスローガンが国旗や国歌についての教育を避けていたからだろう。

 

戦前の学校には天皇皇后両陛下の肖像を納めた場所があり、そこを通るときには深々と頭を下げなければならなかった。当時、写真や肖像画であっても神として崇める行動が求められていた。ていうか、天皇は人であり神だったからだ。戦前戦中は、天皇陛下を批判するのは罪だった。国のあり方を批判することになるから。

 

学校で、子どもたちは国のあり方を学び、国に尽くすよう教育されたのではないか?授業せず、軍需産業の工場での労働や飛行場建設の労働に駆り出されたりした。大人の男性が出兵し労働力不足になると、女子学生が電車を運転する等の労働をこなした。

 

手紙等の郵便物の検閲は、優秀と認められた女子学生が行い、軍に協力していた。

 

大人だけでなく子どもも軍に協力していた。従順に協力するような教育がなされていた。

 

そういう昔のような状態に戻ってほしくはない。生活を犠牲にして戦争してほしくない。

 

戦争は嫌だという気持ちはみんな持っているだろう。

 

2027年から防衛費を増やすための増税がはじまる。戦争の反省を踏まえての議論があって当然だと思っていたから、自民党が議席数の大きさで強引に決めた感じがして、怖さを感じる。

 

昔のような戦争への協力を強いられることはないと思うけど、物価高で生活がきつくなっているから、増税は嫌だ。