窓から外を眺める

専業主婦のつぶやき 

オリパラ延期・中止の話は消えてしまった・・なぜ?

昨日の夜から、ニュースが変わった気がする。

 

オリンピックを開催するか、延期するか、中止するかという話はなくなり、

 

無観客なのか最大10000人なのかという話になった。

 

いつの間にか延期・中止の話はなくなった。

 

 

次々に選手が紹介されていて、オリンピックを歓迎する内容の情報が増えてきた感じがする。

 

出場選手にとって4年に一度の大切な大会だと言われると、

 

延期して欲しい・中止して欲しいとは言いにくい雰囲気だなあ・・・。

 

この流れに乗るのに抵抗がある。

 

私はまだワクチンを接種してないし、

 

ピアノのレッスンも休んだまま。

 

息子にずっと会ってない。

 

生活が元に戻っていない。

 

 

私と違って、オリパラを成功させたい・楽しみたいと思っている人は大勢いるだろう。

 

その人たちのいる日本に私もいるはずだが、

 

遠い世界のことのように感じる。

 

 

もしかして、今の日本は、

 

わいわいとお祭りを楽しみたい人たちと楽しめない人たちという二つに

 

割れてしまったのかもしれん。

 

 

私の心の中に、命を粗末にされているような被害感があるようだ。

 

怒りもあるみたい。

 

でも、誰のせいにもできない。

 

イライラ・モヤモヤ・ムカムカなどの不快感になって

 

自分に向いて自分を傷つけているみたいだ。

 

テレビやラジオ、ネットからの情報は重要だと思うけど、

 

操られているような不快感がある。

 

 

日頃、我慢していることで不満がたまっているが、解消することが難しい。

 

何か、建設的なことに昇華できればよいのだけど・・・。

 

生きたいところへ自由に行けないとか、電車やバスでの移動が不安だとか、

 

政治が世論を無視しているようで不満だとか・・・モヤモヤしたものを抱えている。

 

自分はそんな風だが、オリンピック・パラリンピックには観客が10000人入るらしいと聞いたり、コンドームが配布されると聞いてムカッときたり、

 

お酒を飲んで交流するらしいと聞いて、またまたムカッときたり・・・。

 

これまでのオリパラで、そんなムカつきかたをしたことがなかった。

 

選手同士の交流について、どうのこうのと考えたことなかった。

 

 

今は心の傷が化膿しているんだろう。

 

ちょっとした刺激でドロドロした感情が出てきてしまう。

 

心の傷のせいなのかな・・・。

 

冷静にならないと、オリンピック・パラリンピックが嫌いになって

 

選手も嫌いになってしまいそうだよ。

 

いや、もう既に嫌いになっているのかもしれない。

 

 

嫌いになっているとしたら、なぜ?

 

不公平だなあと思うから、特別な人たちに不満の矛先が向いて、

 

嫌いになってしまうのかな・・・。

 

そして、嫌いになった人たちを応援できなくなっているのかな・・・。

 

せっかく国内で開催されるオリパラだから、コロナが収束して

 

心から応援したいのになあ・・・。

 

 

まあ、現実には、そういう望みは叶わないみたい。

 

「コロナ禍でのオリパラ」に価値があると言われ始めたし、

 

IOCの人はアルマゲドンでもないかぎり延期・中止はないと言っていたし・・・。

 

落ち着いてからオリパラを応援したいという望みは、オリパラの運営者にとって

 

少しも値打ちがないんだ。

 

・・・私が持ってる怒りは、

 

もしかして、心情を軽んじられている不満から来ているのかな・・・。

 

 

もしも、国の偉い人やオリパラの運営者たちが、国民の心情を汲み取って考えてくれていると感じられるなら、

 

今のような気持ちになってない・・かな・・。