窓から外を眺める

専業主婦のつぶやき 

事件の影響

北九州市で中学生が40代の男に刺される事件があり、その様子が生々しくイメージとして思い浮かぶようになった。

 

無言で人を刺す様子は、ドラマ「忍の家」の暴力シーンと重なる。

 

何が起きているか認識する時間もないまま殺されてしまう人がドラマで描かれていた。何にも悪いことをしていないのに、そこにいたというだけで刃物で刺され、声を上げることもできずに死んでしまう。

刺した男は誰にも気づかれずに逃げ去る。

 

ドラマでは他にもたくさん人が血を流して死に、殺す側は当たり前のように殺した。

 

そういったシーンが繰り返し思い浮かび、ニュースの再現シーンがとても生々しく感じられた。

 

自分にとって馴染みの居場所にいて、突然襲われる。助けを呼ぶことができない。そんな悪夢を見て恐怖したことを思い出した。

 

家にいると、突然見知らぬ男が侵入。携帯電話で110番通報しようとするが番号が押せないという夢や、

 

帰宅すると、祖母が顔面に刃物を突き立てられ亡くなっているという夢など。

 

夢だから現実にはあり得ないと思ったりしたが、とても怖くて、現実の生活でも支障をきたすようになった。

 

安心感が損なわれてしまった。

 

そうなってしまったきっかけは、ネット掲示板でのトラブルだった。攻撃性をむき出しにした書き込みをされた。そういう書き込みをしている人は、少数だったかもしれないが、量が多く、数人がつるみ、私の知らない掲示板で私を殺す等と書き込んで交流していたそうだ。

 

私に対して憎しみをぶつける書き込みをして、私の反応を見て面白がっていたようだ。

 

ネットでは複数のネームを使い分けることができるから、別人として書き込みができた。常識人とした書き込む一方で、同時に破壊的な書き込みをする。そして、裏で集い笑い合う。人を痛めつけるのを楽しむ。その先に「殺す」という言葉が発せられた。

 

そんなことが言われているよと私に教えてくれた人がいた。「そんなこと言ってた?」と私はその人に確認したが、「知らない」という返事。

 

その掲示板で交流した人が、ログを保存しているよと言うと、精神薬を飲んで書き込んでいたから記憶がないという。

 

酒を飲んで記憶がないというのと同じ。

 

知らない、覚えてないの一点張りで謝罪はなく、掲示板では何事もなかったかのようにやり取りが再開された。

 

私はネットの交流で人の暗部を見てダメージを受けた。人とはそういうものだと受け入れられなかったから悩んだ。

 

人間には、盗んではならないとか人を殺してはならない等のルールがあるが、ネットではルールに弛みがあり、易々と破られるようだ。人が苦しむ様子を見て楽しむという邪悪性も許容されてしまう。痛めつけて殺しても構わないという感覚にまでなってしまう。

 

学校で起こるいじめに似ている。学校外で起これば傷害や窃盗などの犯罪なのに、内々で済まされてしまい、被害者を守ることまではしない。学校は事件化して警察を入れるのを嫌う。学校自治という言葉があるそうだ。学校は一般社会と違うらしい。

 

痛めつけて楽しむくらい許されてしまう。学校もネットも。会社もそうかもしれない。

 

人間は暗部をかかえている生き物だと思うが、痛めつけられる側になって、本当に怖くなった。

 

北九州市での事件のニュースを見て、人間の暗部を突きつけられたような恐怖を感じる。

 

犯人だけが特別に邪悪なのではなく、普通に暮らしている普通の人が、人間のルールから外れて酷いことをする。

 

見つからないと思えば盗むし、欲望のまま殺意を向けることもある。警察に助けを求めるのは難しく、事が起きた後で対応してもらう。

 

最悪、事が起きたときには一瞬で命を落としていて生き返ることはない。

 

私は、すごく不安になっていて、年内にもう一度メンタルクリニックを受診することにした。

 

事件の影響で、不安症がぶり返しているみたい。